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地球へ・・・二次創作パラレル小説部屋。 青爺と鬼軍曹の二人がうふふあははな幸せを感じて欲しいだけです。



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 今度はエビサンドに食らい付いた。甲殻類は苦手だが、ここのエビサンドのエビは好きだ。他所の店では、絶対にエビは勿論、エビの加工食品も僕は食べない。甲殻類は苦手なのだ。グロテスクだからだ。
てらてらと外界の物は撥ね付けますとばかりに、身を覆う甲冑。繋がれた板やみっしりと覆われた甲羅を剥ぐ様を思うだけで、暗い気持ちになる。そもそも、奴らは海の中をちゃんと泳いでいるんだろうか。海の中の生物は興味もなかったのでまったくもって専門外だ。ためしに泳ぐエビの姿を想像するが、あまりぴんと来ない。あの広大な海の中、エビ一匹、泳ぐ絵は見た目が悪い。どうせなら、そう、大きな魚とか。すいすいと思うままに水の中を彷徨う。大きな魚か。魚類は比較的、好きだ。大きな体を持つものといえば、鮪とか?マンボウとか。
水族館で見た間抜け面を思い出し、思わず笑う。ナポレオンフィッシュ。マンボウよりも賢そうだ。賢さで言ったらきっと、イルカの方が上だ。ああ、ジュゴンも白くて奇麗だった。
先月、キースと二人で行った海洋水族館は、けっこう楽しめた。宣伝文句が良かったのだ。幻の白い鯨、出現!水族館の前には大きなのぼりも立っていた。学内でも噂が飛び交っていてそのくせ、実際に見に行った奴の証言がないのも興味を引かれた。
家に帰り、徹夜明けのせいでいつもより、かなり陽気な同居人に、何となくその話をしてみたら、行こうと腕をひっぱられ家から連れ出された。その後、水族館に着くなり館内待合所の椅子で寝入ってしまった馬鹿はそのままにして、ゆっくりと一人で滅多と来ない海の世界を楽しんだ。
 目当ては当然、白い鯨だ。
 ぐるぐると回遊式になっている館内を巡り、最後に行きついた広間で、大きな水槽に出くわした。水槽の前にある掲示板には、白鯨、の文字。その下には、何でも願い事を二つ叶えてくれるという言い伝えと、なぜ白い鯨が存在しているのかという研究者の考察が続く。その部分は適当に読み流したせいで覚えてはいないが、願い事を叶えてくれるという行には心をときめかせた。それから、水槽を見上げ。
「シロエ、見て!この旗、鯨が描いてある!!」
 呼び戻される。その感覚が気持ち悪く、手にしていたサンドウィッチから手を離した。
 案外、トォニィは子供っぽい。事実、彼はまだ子供だ。いくら見ているこちらをはっとさせるような表情をしたって、彼の幼さはぬぐえない。それで良い。
 見えるように、わざわざ身を乗り出して旗を振る彼は、楽しそうだ。今日、初めて会ったが相性は悪くないようで、正直、安堵した。何せこれから長い付き合いをせねばならぬのだ。お互いに、気心知れるまでは時間は掛かるだろうけれども、スタートラインが揃っていなくては流石に辛い。共通の好みが良い方向に作用してくれて本当に、良かった。
 兄はこの子とどういう風に接していたのだろう。さして深くも考えずに、たゆたう記憶の余波をそのまま、自分は口に出していた。
「トォニィ。白鯨を見に行かないか。」
 振られていた旗が、ぴたりと止まる。そこでやっと、自分は今度こそ現実の世界に帰還した。引き潮のように、トォニィから幼い少年の顔が薄れて、大人びた眼差しが現れる。
「海洋水族館でしょう。・・・・あの人が誘ってきた。視えないくせに。」
 彼の言い様に、この数時間で常と比べ、すっかり穏やかになってしまった自分は、やんわりと言う。
「保護者らしいじゃないか。」
 気に食わなかったのか、違うだろう。きっと本人も彼女の気遣いは分かっているはずだ。受け止める事を拒否するかどうかは、その人の自由だけれど。オレンジジュースのストローに噛み付いて、くぐもった声が聞える。
「グラン・パが誘ってくれたなら、僕は迷わず行きました。」
 ず、と飲み干されたジュースが、耳障りな音を立てるのにもう何度となったか知れないが、懲りずに眉を顰める。
「なら僕が誘っても?」
 ぱ、と口からストローを離したトォニィは、意外そうな顔で僕を見る。
「デザートがまだきてない。」
 そう言って、僕の皿に手を伸ばし、まだ手をつけていないカニサンドを、彼は一切れ掠め取っていった。思えばまだスープにも手をつけていない。デザートを食べ終え、席を立つ頃には良い時間になっているだろう。
「昼寝してるかもね、白鯨。」
「まさか、」
 二人分の入館料を計算し、これはキース先輩を頼るべきだなあ、とポケットの財布の重さを測り、大学へと目線を向けた。南中を達した太陽の、焼け付くような暑さに白亜の建物は、その身を晒けだし、じっと耐えている。
 雲ひとつない青空とはよく言ったものだが、見上げた空は、まさにその言葉通りで、突き抜けるような潔さを持ち、高い広がりを見せている。遠くに見える電波塔が、まるで天井を支える支柱のようだ。まっすぐ地上から生えているはずなのに、大気の歪みか少し傾いて視界に映る。かすんで見えない天辺は、どうなっているのだろう。
「風に吹かれてる。」
 割って入ってきた少年の声に、思考を読まれたかと目を瞠った。しかし指先は、大学の屋上に掲げられた校旗を差している。
「ああ、」
 曖昧な返答に、どうでも良いのか、トォニィはもう一度、風だ、と呟いて後はプリンに興味の矛先を変えてしまった。
 とりあえず、連絡を入れよう。財布が入っている方とは逆のポケットから、コインを一枚取り出して、一緒に出てきたくしゃくしゃのメモの切れ端に、伝票に備え付けてあるペンで七桁の番号を書き殴る。手を上げて店員を呼び、伝言を頼んでコインを渡し、まだきていないデザートを持ってくるよう催促した。
「よく来るの?」
 一連の流れを見ていたトォニィからの、素朴な声が寄せられる。
「一応、馴染みではあるね。」
 そう言って、赤いスープにスプーンをひたした。
「グラン・パもね、そうやってよく、お姉さんと話してた。」
「ウェイトレスと話すのが目的ではないとだけ、ジョミーの名誉の為に言っておきましょうか」
スプーンで緑が新しいピーマンを掬い上げ、口に運ぶ。昨日読んだ、童話に出てきた地獄の池を思い出したら、もうとっくに冷めているはずだろうに、何だか口の中が燃えるように熱くなる。噛み下したピーマンの青さは、土と太陽の味だ。
「何が書いてあったの、手紙。」
「家へ帰れ」
「それだけ?」
「他にもいっぱい。好き勝手、書いてある。さすがはソルジャー・シン。」
「ソルジャー?」
「兄さんのあだ名だよ。通り名とも言う。」
「戦士が?」
「ああ。本人がそう呼べって煩いんだ。聴いた事ない?誰かがそう呼んでいるの。」
「ない。」
「そりゃ、ラッキーだ。ソルジャーと呼ばれる時の兄さんは、恐い。」
「厳しいの?」
「そうですよ、とっても厳しくて、怖ろしい人なんです。・・・・僕にはそう見えた。」
「会ってみたいな。ソルジャー。」
「やめておいた方が良い。」
「だってグラン・パだもの。僕はきっと好きになる。」
 確証めいた少年の予言は、おそらくは彼の言うとおりになるだろう。この短い間に自分が彼について分かった事は、彼が盲目的と言い逃れるには気味の悪い愛情を、ジョミー・マーキス・シンに対し持っているという事だ。狂気だと、言い切ってもいい。トォニィの抱える兄への親愛の情は、弟である自分が持つそれとは比にすらならない程に重い。
「仲良くやっていこう、トォニィ。僕らはもう家族だ。」
「僕は最初から、そのつもりだよ。だってグラン・パがそうしなさいって言ったもの。」
 知らず、背筋がぞっとした。
 ジョミー・マーキス・シン。あなたは一体、何なのだ。
 眼前で微笑む少年の、心中は量り得ない。が、彼との繋がりははっきりとある。
「ジョミーはとっても奇麗な目をしてた。僕はあの目が大好き。」
「トォニィ、僕らは気が合う。」
 一対の、緑柱石はどこまでも澄んで、どこまでも見通す強さで世界にあった。彼の見つめるその先を、僕らは知る術すらも持たないけれど。
「せめてその背中を追いかけるくらいはやるべきだ。」
 遠い白の世界を思い描き、行き着く先はどこかも分からぬ未知の場所。
 あなたがいるであろうその場所に、はたして僕らは辿り着く事が許されるのか。
 ソルジャー、僕らは。


序章・幕
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「トォニィ。君は八歳と言ったね。兄さん、ジョミーと初めて会ったのはいくつの時か覚えている?」
「知りたいの?」
 口に咥えた銀のスプーンを、ぷらぷらと上下に揺らし、子供のくせに嫌味っぽい笑みを口元に貼り付けたトォニィは、見ているだけで腹立たしい。それ以前に、パフェ用の長い銀スプーンを咥えて遊ぶなど、なんて躾のなっていないガキだ。保護者の顔が見たいものだ。第一、危ない。喉につまらせたらどうする!
「頼むからさ。」
 言いつつ、メニューを彼の前に差し出す。一瞬にして、小生意気な表情がぱっと明るいものに変わり、いいよ、と頷く彼は、やはり子供だ。
「グラン・パは僕が生まれる前から、側に居てくれたんだ。」
 時々だよ、いつもじゃない。
 少し寂しそうにそう言って、少年はこれ!と白い旗がぷっくりとした黄色い島に立つ、お子様ランチを指差してみせる。成る程、壁にかけられている時計を見ればちょうど、昼時だ。いつのまにか、店内は昼食をとりにきた学生や学内関係者で賑やかさを増している。クラシック音楽がなりを潜め、親しみやすい曲調の流行歌がラジオから流れていた。
 ならば、と自分もメニューに目を通しつつ、トォニィに続きを、と促した。
「僕は浮かんでる。そこはとっても広くて、でもとっても窮屈な場所。グラン・パの声が水をゆっくり押しながら、僕に近寄ってくる。強い子になれ、元気に生まれておいで。強く、強く。・・・・グラン・パの声を追いかけて、僕は生まれてきたんだ。あったかい光が僕の側にあった」
 トォニィはオムライスにスパゲティ、ミニハンバーグ、コーンポタージュ。おまけにプリンまでついた豪勢なお子様ランチ。今月はまだ幾分か懐具合には余裕がある。そうだ、いざとなればキースを呼び出せばいい。ここはやはり、カツサンドとエビサンドに夏野菜たっぷりミネストローネのセットにするべきだろう。デザートとドリンクもつけちゃえ。たまには良いだろう。いつも、学内の食堂では一番安いランチで我慢しているんだ。稀に水だけで済まさねばならない時だってある。大学周辺では味も雰囲気も一番人気の店に朝からいるんだ。ここまできて我慢なんぞ、したくない。
「八年、九年ちょっと前、と言うわけか。」
 母親の胎内に居た頃からとは、驚きだ。冗談抜きで、兄の孫かもしれない。否、子供かもしれないぞ。
 思いの外、勢い良く垂直に挙がった手を振り、忙しく立ち回る店員を呼び注文をすませる。去り際、店員は自然な動作で、空になったパフェのグラスを下げてくれた。
「ジョミーとは?」
「ジョミーは僕が願えば、いつだって来てくれたよ。」
 砂糖壷を弄り始めたトォニィから、粗相をする前にと眉を顰めながら丸いガラス瓶を奪い取る。むっとこちらを睨み上げてくる顔は、どこか兄に似た面差しをしていた。
「なら君はしょっちゅう、兄さんと連絡を取り合っていたわけですか。」
「そうですよ。こうして。」
 言うや、トォニィはすっと目を閉じ、胸の前で祈るように手を合わせるや、黙り込んでしまう。おや、と思った時にはもう、特徴的な橙の大きな目がくるりとこちらを見つめている。しかし、どこか不安げに揺れているそれは、精彩さにかけていた。
「でも、今は返事をしてくれない。グラン・パは、もう僕の声に答えてくれない。ねえ、シロエ。グラン・パはどこ?どこに行ったの?約束したのに。僕がこうしてグラン・パを呼んだら、いつだって、・・・、・・・」
「いつだって?」
「・・・・。」
「トォニィ?」
「・・・・うるさい、あなたは黙っててよ、僕はあなたなんか嫌いだ。僕はシロエと話してるんだから、邪魔しないで。」
「トォニィ?一体、何を言って、」
「・・・・気にしないで、セキ叔父。ねえ、ジョミー・マーキス・シンなのに、セキ・レイ・シロエなのはどうして?」
 表情がよく変わる子だ。そして手癖も悪い。まんまと砂糖壷を取り戻したトォニィは、満足げに微笑んでいる。
「結論から言えば、僕とジョミーは紛れもなく血の繋がった兄弟だよ。兄さんはトォニィ、君とは違う方法で生まれた。でも僕は、君と同じ方法でこの世に生を受けた。これ以上は勘弁してもらえたら嬉しい。デリケートな問題なんだ。」
 再び、砂糖壷を取り返し、その姿が薄れはしたものの、今もはっきりとある両親への思慕を抱き、僕ら兄弟の秘密を教えてやった。
兄も僕も、両親が大好きだった。よく僕が小さい頃は二人で、古いアルバムを持ち出してはマムはこうだった、パパはこうだったと布団に包まり話し合った。懐かしい思い出と、郷愁を煽る行動。そのどちらもが、僕ら兄弟には神聖な儀式のひとつで、僕らは月明かりの下以外では、決して両親の話題を二人の間にあげる事はしなかった。
「ふぅん?じゃあ、マムやパパは?」
「もう、いないよ。君にはいるのかい?」
「いない。」
 ずい、と伸ばしてきた手を回避すれば、悔しそうに少年は口を閉じてしまう。やんわりと、そう、実験室で堅い蕾に手をあてる兄の口元は、柔らかく緩んでいた。その微笑を真似る様に、肩の力を抜いて少年の瞳を真正面から見つめた。
「君は誰と暮らしているの。」
「・・・・言いたくない。」
 言葉をつまらせ、テーブルの上から手も退けて、彼はふい、とそっぽを向いてしまう。
「なぜ?」
 微笑はそのままに、僕は音を立てないよう注意をはらって、テーブルの隅に砂糖壷を置いた。
「嫌いだから。」
 ちょうど、トォニィの視界にぎりぎりで入ったであろうそれを、彼の横顔の向こう側に見る。すっかり機嫌を悪くした彼に、更に気分を害するであろう一文を躊躇なく僕は言った。
「なぜフィシスが嫌いなんだ」
「どうして知ってるの!」
 嫌な奴、イヤなヤツ!!ひしひしと、トォニィから負の感情が伝わってくる。まさかこれ程に彼が彼女を毛嫌いしているとは知らず、僕は幼い彼に対してぶつけた行動を悔い、多少の罪悪感に胸がつまった。手元においていた手紙の差出人の名を口の中で唱えてから、僕は趣味の悪い微笑を引っ込める。下手な真似はするものではない。何だか、頬の筋肉が痛い。
「手紙が教えてくれたんだ。あと、君には申し訳ないが、僕はフィシスと面識がある。あまり親しくはないけど、ね。まさか彼女と君が共に暮らしているとは知らなかった。嫌な事を聞いたね、今回は僕が悪かった。」
 素直に謝ったおかげか、トォニィはぶつくさ唇を動かしたが、「いいよ、別に」と小さな声で僕を許す。「彼女はとても奇麗だけど?」と意地悪く聞けば、「あの人は奇麗なんかじゃないさ、」と鋭い切っ先が飛んできた。
「トォニィ、君ははっきり物事を言う。嫌いじゃない。」
「僕もシロエのこと、気に入ったよ。」
 だって、何だかグラン・パに似てるもの。
「髪も目も、真っ黒だけど!まるで黒猫みたい」
 にゃー。
 猫の鳴き真似をするトォニィの前に、お待ちかねのランチが運ばれてくる。喜色満面、早速、スプーンをとるや、彼は旗の立ったオムライスの攻略に取り掛かった。程なくして、僕の前にも付け合せのポテトフライがこんもりとのった、プレートがくる。ありがとう、と店員に言えば、にっこりと金の髪がまぶしい、僕とそう年の変わらない少女は笑った。
 ひらひらとちょうちょ結びにしたエプロンの紐が、彼女の後姿を際立たせる。ぼんやりと、白い布を見送れば、彼女の金髪と相まって、その背中はいつかの兄を彷彿とさせた。
「シロエ、ポテトちょうだい。」
「わ、こら!」
 返事をする前に、にゅっと突き出されたフォークが僕のポテトを掻っ攫う。
「グラン・パの髪の方が、奇麗だよ。」
 もぐもぐと口を動かしながら言うトォニィに、今度こそ僕は思いを言葉に出してやる。
「口に食べ物を入れながら喋るな。躾がなってない奴だ。」
「シロエの怒りんぼ!」
 手紙が汚れないよう、シャツの胸ポケットに収め、負けじと名物のカツサンドを口いっぱい頬張った。
「そんな事、知ってるさ。当たり前じゃないか。」
 ガラス越しに映った、自分の姿を見る。通りの向こうには、見慣れた大学の門がある。僕はこの春から飛び級で、かつて兄が研究員として在籍していたこの学園に入学した。憧れの白衣も授業で使うからと、三枚も購入した。うち、一枚は研究室に置きっぱなしだ。本当は、兄の使っていたものが欲しかったけれど、兄は僕よりも頭一つ分以上、背が高いし、何より恥ずかしくて言えなかった。でも僕は見つけてしまった。他の校舎からは離れて建つ、研究棟には研究員専用のロッカーがある。そこにまだ、兄の名前を記したものがあったのだ。
そっと忍び込み、その扉を押し開けばそこは兄の残した物でいっぱいだった。整理をする事を知らない兄は、とりあえず自分のスペースに突っ込めるだけ突っ込んだようだ。無秩序に物がひしめくそこに、当然のようにハンガーにかかった白衣もあった。きちんと洗濯をしてアイロンがけもしてあるのだろう。皺ひとつない白い衣は、記憶の中そのままに、そこにあった。
「どうしたっけかな。」
 自分は、あの白衣をあそこから持ち出したのか、持ち出さなかったのか。
「どうしたんだっけか。」
 すっぽりと、記憶が抜け落ちている。春先に一度、あの扉を開いただけで、それ以降、一度もあそこには立ち入っていない。はて、自分はあの白衣を持ち出したのか、そうでなかったか。持ち出したのならば、どこへやってしまったのだろう。
「どこへ?」
「グラン・パ、どこに行ってしまったんだろう。」
 会いたいなあ。
「トォニィ、」
 シロエは会いたくないの?
 そりゃ、もちろん。会って確かめたいさ。
「何を?」
 兄さんが、ジョミーの白衣をくれるかどうか。


③へ
 苗字も違えば年も離れた兄が、僕を追い出し家に一人、閉じこもるようになってから早数年。必要最低限の外出すら拒む彼の生活を繋げているのは、兄の友人であり良き理解者であるサム・ヒューストンと、僕の大嫌いな生き物であり不本意ながら同居人でもあるキース・アニアンの尽力によるところが大きい。
なぜ赤の他人である兄をそこまで支えてくれるのかと問うてみれば、面白くない事に二人揃って「だってジョミーだから、」「ジョミー・マーキス・シンだからな」の一言だ。ヒューストン氏はともかく、鉄面皮のキース・アニアンまでもがそう答えるとは思いもしなかった僕は、多いに驚いた。同時に兄が今でも人望を持ちうる人物であった事に、弟として瞼を熱くする。
 閉じこもり、もとい、引きこもった兄は深層の令息として、周囲にその名を知らしめていたのだが、その兄がある日突然、僕に手紙を寄越したかと思えばあれ程、外界へ出る事を良しとしなかった彼が忽然とその姿を消してしまったのだ。
 思わぬ兄の消失に、衝撃を隠せない僕を放って、僕を取り囲む知人は皆一同に、「ま、彼だから」「ジョミーだからなあ。」「ソルジャー・シンですから。」とこれまた冷静な態度で、現状を認知してしまった。
 一人、兄だけでなく周囲からも取り残されて、行方をくらませた兄に対して怒りと不安と、それから何だかもう、もやもやとした気分でとりあえず一杯の心を持て余している。そして、兄の寄越した手紙もその一因を担っており、加えて今、僕の目前で嬉々としてチョコレートパフェをつついている少年も、間違いなく僕の憂鬱の種の一つだった。
 一度にこうまで、なぜ僕だけが思い悩まなくてはいけないのだろう、と思考があちらの世界へと旅立とうとしている僕を、かちゃり、とガラスの器にぶつかる銀スプーンの音が無理やり引きとめる。僕はちらりと手元の手紙と眼前の夕日色が印象的な癖毛の少年、(一体、彼は兄とどういった関係なのだろうか?)との間で視線を行き交わし、仕方が無いとばかりに大きく溜息をついた。
「考え事はお終いなの?セキ叔父。」
「その叔父、っていうの、やめてくれないか。・・・トォニィ?」
「だって、グラン・パの弟なんでしょう?」
「そりゃ僕はジョミー・マーキス・シンの弟、セキ・レイ・シロエだけれども、僕とどういった関係なのか分かりもしない君に、叔父と呼ばれる筋合いはないよ。それに万が一、君が兄さんの孫としても叔父というのはおかしいじゃないか。」
「あるよ。グラン・パは僕のグラン・パだもの。あなたはグラン・パの弟のセキ・レイ・シロエ。だからセキ叔父だよ、セキ・レイ・シロエ」
「分かったからそう何度もフルネームで呼び捨てにするのはやめてよ。シロエと呼んでくれていいから」
「恥ずかしがり屋なんだね、シロエは。」
「撤回。お前に呼び捨てにされるのは何だか腹立たしい。敬称をつけろ」
「けいしょう?」
「さん、とか様、とかだよ」
「シロエちゃん!」
「からかうのは好きだけど、おちょくられるのは嫌いなんだよ。ね、トォニィちゃん?」
「僕はもう八歳だよ」
「僕は十六歳だ。」
「グラン・パは?」
「妖怪の年は聞かない方が身の為だよ。」
「グラン・パは妖怪なんかじゃないよ」
「なら兄さんはきっと化け物だ。僕の兄さん、僕が君よりも小さかった頃から、ちっとも年をとっていないからね。」
「だってグラン・パだもの!」
「またそれか。」
 グラン・パはグラン・パー、すごいぞバケモノかっこいいぞヨウカイ!等と妙な節をつけて歌う幼い少年は、口の端に生クリームをつけてご機嫌だ。見た目は大層、愛らしいがどうにも胡散臭い感じをぬぐえない彼は、本当に兄とどういう関係なのか。彼の言葉を鵜呑みにするならば、兄の孫ともなるが、生憎、兄にはまだ伴侶もましてや恋人もいないはずだ。ならば常識で考えると彼は兄の研究成果だろうか。脳裏には、自分にとって憧憬の的であった兄の背中が浮かび上がった。
朝も早くから、陽光が差し込む白いリノリウムの廊下に靴音を響かせ、白衣をなびかせて颯爽と学内の研究棟を歩いていたジョミー。金の稲穂のような色鮮やかな髪は光を受けとめれば、一層、その力強さと艶を増しそれはそれは美しかった。どこかあどけなさを残しながらも精悍さのある横顔に、理知的な輝きの中にもどこかやんちゃさを秘め、多くの友人や知り合いに囲まれその中心で快活に笑う兄は、誇るべき自慢の兄だった。兄の背中でゆらゆら揺れる、マントのような白衣に焦がれ、研究者への道を選んだといっても過言ではない。
まだ兄が引きこもりになる前の全盛期。実兄ながら臆面もなく憧れる事が出来ていたあの頃は、良かったなあ。
遠くを見つめる眼差しで過去に思いを馳せるも、またもや銀のスプーンがガラスの縁にぶつかる音で我に返る。
「トォニィ。行儀良く食べろ」
「シロエも欲しいの?」
「結構です。」
「グラン・パは一緒に食べたよ。」
「あの人はああ見えて甘い物が好きだから。」
「グラン・パは奇麗な物も好きだよ。きっとこのガラスの器だって、いつもみたいに奇麗だって言って笑ってくれる。」
 つ、と幼い指先が、花のように波を描く縁に沿って一周。ぐるりと旅をしてきた器の中身は、最後の陸地であるコーンフレークを残し、綺麗に姿を消している。確かに、兄は造形美あふれるものが好きだ、けれどそんな小さな所まで見ているだろうかとも思うが、小さな少年は挑戦的な眼差しでこちらを見てくるので、そうだね、と心を大人にして同意してやる。こんな小さな子供にまともに取り合うのも馬鹿馬鹿しいからだ、と自分に言い聞かせ、勝ち誇った笑みになった子供を高い目線から見下ろした。
彼の言動から推察するに、何度か兄とチョコレートパフェを食べに行ったり、出かけた事があるらしい。ならばそれはいつだったのだろうか。少なくとも自分が知る限り、兄はここ数年はろくに外にも出ない、ゴミ捨てにさえ出ないのだ。彼が出るといえば庭くらいだったろう、家の中に引きこもり、本人の言を借りると研究に没頭していたはずだ。
ではいつ、兄は外へ、こんな子供を連れて出たのだろうと疑問は膨らむばかりだ。どうでも良い事なのだが、自分の知らない兄が居る事が妙に気に入らない。そしてそれを知っている、自分の知らない子供はもっと気に入らない。もしキース・アニアンに今の僕を見られたら、絶対、呆れられるか馬鹿にされそうな感じがするが、ここにキースはいない。
 疑問は解消されるべき存在だ。
 答えとなりそうな鍵が、すぐそこに落ちているのならば尚更に。
 探究心は大切にされるべきなのだ。兄も言っていた。セキ・レイ・シロエ。お前はブラコンだ、子供だと、冷静に判断するもう一人の自分が、やれやれと匙を投げ出したのをきっかけに、僕はとことん、この子供と向かい合う事を決心した。



②へ続く

ジョミ→ブルみたいな。きっとジョミーはブルーが寝てる間にあれやこれやとしていたに違いない妄想。






 彼を飾り付けるという、あまりの難題に途方にくれる。耳元に小ぶりの薔薇の花を添えては見るが、しっくりこない。石はどうだと散りばめられた緑柱石の首飾りと、揃いの耳飾りをかざしてみては、駄目だと床に追い払った。シーツの上に横たえられた、彼は外の世界など、どうでも良いのか。身じろぎ一つせず、人形のようにそこに在るだけだ。頬に手をやり、するりとそのまま耳の形をなぞり、髪を梳いてはその心地良さに、うとりと笑む。そっと彼の名を呼ぶだけで、全てが満たされる。気を取り直し、金糸を始め、色とりどりの刺繍が見事な織物をあてては、似合わないと独り言をはき捨てた。

こんなにも、彼が完璧な存在であったという事実に、今更ながら驚いた。しかし、同時に完璧である存在は、それ以上の装飾品は不要とする、矛盾ともいえる欠点を浮き彫りにした。

目前の彼はまさに造形美術の最高傑作だ。瞼の下に隠された瞳が実に惜しい。昏々と眠り続ける彼の、眼窩にはめ込まれた宝玉を思い出し、ほうと溜息が洩れた。

自然の中から同じように生まれたはずなのに、不自然な程の美はもはや狂気の具現ともいえた。彼に魅入られ、引きずり込まれた人間の数は一体、どれぐらいになるだろうか。その度に、多くの醜い人の抜け殻を片付けてきた。この腐った肉が彼に魅入られた等、おこがましいと感じる以前に、不幸と思った。尤も、彼がそんな者達を見て、哀愁に濡れる様は堪らなく美しかったので、彼らは僕に幸福をくれる良い人達であるとも思った。

完全なる彼を、彩る事が出来るのは何もない空間だけだ。

僕は、今日も彼の体を真白いシーツでぐるりと包む。

課せられた使命が、完遂される日はまだ遠い。


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