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地球へ・・・二次創作パラレル小説部屋。 青爺と鬼軍曹の二人がうふふあははな幸せを感じて欲しいだけです。



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 どうもこの学園の生徒は皆、自由人すぎるきらいがある。故に僕はいつも怒鳴っては困ってばかりだ。
「ジョミーは賑やかだね。」
「五月蝿いですよ、アナタまた、生徒会室でお茶飲んでるんですか。いるなら仕事を手伝ってくださいよ」
 ついさっきまで、青の間と呼ばれるこの部屋で、フィシスを相手に今年は厄年だろうかと、外れた馬券を片手に愚痴っていた彼は、僕を見てにっこり笑う。彼の突然、ころりと変わる態度にはもう随分となれて、彼とは長年の友人ではないかと、学年が違うというのに今の砕けた関係は喜ぶべき事だが彼が相手だとどうしてか、げっそりしてしまう。
沈痛な面持ちの彼を前に、フィシスはお待ちくださいと一言残して、カードを取りに自分の教室へ行ってしまった。彼女が手元にカードを用意していないなんて、珍しい事もあるものだ。
「僕はもう、ソルジャーじゃない。ただの、」
 なら静かにしていてくださいよ。
「ここにいるのは、怒らないのかい?ジョミー。」
 だからそんなすぐに、怒ったりしませんよ。いいですか、アナタ達が大人しくしていてくれば、僕だってこんなに腹筋やら喉やらを使ったりしなくて良いんですよ。これで僕の声が枯れてしまったりしたら、アナタのせいですからね。
「それはいけない。ジョミー。喉を診せてごらん。」
 ちょっと。何するんですか。
「ほら、口を開けて。」
 やめてくださいよ、子供じゃあるまいし。そう思うなら、少しは自重してくださいよ。
「・・・。出かけてくる。」
 今日は販売所はお休みですよ確か。
「ジョミー。」
 何ですか、その手は。
「お小遣いをくれないか。必要経費だよ。」
 馬鹿ですかアナタ!今月はもう駄目だって言ったばかりでしょう昨日!
「だって。」
 だってじゃありません!おいリオ、ビタ一文出すなよ!
「ソルジャー、ちょっと厳しくは」
 ない!
 ほら、そんな風にすごすごと背中に哀愁を漂わせてたって、彼はうざったいくらい、とても元気だ。落ち込んだ振りをしながら生徒会室を出て行く彼は、入学式に見た凛とした雰囲気は一切ない、普通の一般生徒だ。もしかして僕も引退したらああなってしまうのだろうか、とちょっと自分の未来を暗く思ってしまったが、彼の場合はあまりにも普段と生徒会長であった時の差が激しいのでは、と結論に至ってその事を考えるのはもうやめにした。きりがない。
 再び、僕は目の前の書類に目をやろうと、なぜこんなにもここの学園は生徒会長がする仕事が多いのだろうか、これではまるで僕が中心となってこの学園を動かしているんじゃないかと思ってしまう。いや、そうなのだけれど。中学生の時はこんなにも生徒会は忙しくしていただろうか。
 書類に判子を捺そうと、ふ、と視界に意識をやった時、僕は思わず手から力が抜けてしまった。ころん、と判子が書類に落ちて、擦れた朱色が黒い文字を汚す。
 口の中がからからになる。喉が引きつった。
 じ、と生徒会室の扉から僕を見ていた彼が、ふ、と笑む。そこまでは良かった。同じように笑みを返せば良いだけだ。さっさとどこへでも、いってらっしゃいと言うだけだ。だが忘れるな、彼はあざとい。彼の性格は短い間であるが決して真っ当なものではないと体感している。癖が強すぎる。とんだ食わせ者だ。僕は身構えた。
扉を開けて部屋を出るその時、彼はほうと気息を吐いて、眼を伏せる。
一瞬にして、彼は儚い雪兎となる。幼い記憶が蘇る。何度も作って、何度も消えた。手が真っ赤になった。毛糸の手袋はとっくに雪でぐっしょり濡れていて、役には立たない。雪兎を何匹も並べて、嬉しがっても彼らはいなくなってしまう。儚い存在。それは僕を多いに戸惑わせ、不安にさせる。
僕は彼に意識を集中せざるを得なくなる。消えてしまわないか、彼はそこに居るのかと。僕に出来るのは彼に声をかけ、それを確認するだけ。彼の側へ行き、その手を握って手の温かさを感じ取る事。ほら、僕は無意識でまたやってしまう。
「外へ行くなら、今日は風が冷たいです。上着は羽織っていって下さい。」
「うん、行ってくるよジョミー。」
 アナタは分かってやっている。自分のその表情が、僕を恐怖に貶める事を知っている。そうに決まっている。
僕が声をかけたら満面の笑みで彼は答える。僕はここにいるよ、と。声なき思いはじわりじわりと僕に届き、僕を満たす。
 彼は生徒会室を出て行った。残された僕は、汚してしまった書類を書記であるリオに見せ、ごめん、と小さく呟く。
 彼はぴょんぴょん跳ねて、廊下を歩く。彼の足音は軽いくせに、よく響いた。木造建築の校舎が彼の足音すべてに反応しているようだ。
「まったく。今度は何を買い込むつもりだったのか。馬券か?宝くじはもう終わったよな、リオ。」
 口から出た声は、呆れ返っている。
「ええと、そうですね。今期はもう、昨日でおしまいでした。今日は競馬も、競輪も、競艇もありませんよ。何でしょう。また元締めでもやって、賭けオセロですかね。」
「笑い事じゃないよ、リオ。巻き上げられたといって学年関係なく生徒に泣きつかれるのは僕なんだ。」
「ソルジャーは全校生徒に愛されてますから」
「それ、どっちの事。」
 僕は、もう分からない。
「どっちでも良いけど。」
 リオが苦笑うのは、いつもの事だ。
 僕は判子を捺そうとして、また落してしまう。今度は床の上だ。仕方ないと、僕は不精にも椅子に座ったまま屈みこんで、机の下に落ちた判子を拾うべく、腕を伸ばす。と、ぐらり。大きく体が前のめりによろけた。ソルジャー!!と叫ぶリオの声がする。危ない。このままでは床に激突してしまう。ほら、もうそこに。僕はぎゅ、と衝撃に備えて目を閉じた。



 はた、と気がつけば僕の耳にはとてもではないが美しいとは思えない声が木霊する。米神を指で押して、はっきりしない意識にぐらぐらする頭を何とかしようと考える。
 僕は座っている。パイプ椅子だ。そこで僕は自分は制服ではなくスーツを着ている事に気がついた。しかも足はスリッパだ。よく知った学園の名前が刻印されている。鼻先で空気が甘く香った。そっと両隣を見れば、妙齢の女性が嬉しそうな様子で座っている。ちらちらとこちらに視線を感じるが、それは隣からも後ろからもだ。僕は大勢と一緒に座っている。
前を見れば、少し離れた場所にずらりと並ぶ黒い背中。そうだ、今朝も見た黒い背中。あれはブルー。ああ、思い出した。僕は今、ブルーの入学式に参列しているんだった。
 幼い頃から見てきたブルー。とうとう、彼も高校生だ。早いものだ。彼はどこに座っているのだろう。彼は良く目立つ。容姿が優れているとか、そうではない。どこにいたって、彼はここにいるよと何かシグナルを発しているのだ。それは彼だけではなく、現在、自分が居候している彼の家の全員、つまりは彼の兄弟すべてがそうだった。ブルーの兄も、末の弟も、皆、自分はここにいるよと全身で思いを伝えてくれる。末っ子など、グラン・パ大好きなどと言葉で言わなくても喧しく慕ってくれる。嬉しい事だ。
 ブルーは末っ子のトォニィに比べて、意思表示が鈍い。というよりも、うまく遮蔽している、という感じだろうか。それは年齢の事もあるだろうし、一番上の子にいたっては何を考えているのかさっぱり分からない。性格もあるだろう。ブルーは驚く程、苛烈な部分を持ってはいるが、それを表出すことも無いし他の感情だって、もっと出しても良いだろうに、いつも年の割には落ち着いた調子を守っている。大人びている、といえば聞えは良いが、年頃の少年であることを思えば、ちょっと心配になってしまう。感情を押し殺しているとまでは言わないけれど。どこかで爆発しなければ良いと、パッチもんの保護者は思うのだ。どうすれば、ブルーの心が分かるだろうか。自分が人の心の機微に疎いとは思わない。しかし、ブルーは難解すぎるのも事実だ。
 早く、終わってくれないだろうか。
 ブルーの入学式に出席できる喜びは、長々と、居眠りまでしてしまう来賓の祝辞のせいで、徐々に苛立ちへと変わってきてしまっている。僕は早く、ぴっかぴかの新入生姿のブルーを写真に収め、ついでに一緒に写真をとって、それをフィシスに見せびらかしたいのだ。帰ってお祝いをしなければならない。入学祝に進級祝いに。玄関回りは昨日、掃除をして奇麗だし、部屋の飾りつけはトォニィが喜んでやりそうだ。今夜はご馳走だ。夜に備えてお昼は軽くすませよう。ああ、そうだ。トォニィを迎えに行って、三人で昼は外でとっても良いな。
 楽しい予定が次々に立ち上がっていく。その為にはさっさと、入学式が先へ進まねばならない。
「あー。」
 僕の声に、隣のご婦人が同意を示してくれているかのように、何度も頷いた。
 





④へ
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 彼は兎が人へ変化した生き物なのだろうか、それも雪兎だ。そう入学式の時、生徒会長として壇上で挨拶をした彼を見て、僕は昔、幼い頃に作った雪兎を思い出した。
真っ赤な瞳に、真白い肌。光を帯び輝く髪は白銀。兎みたいに、ふわふわとした触り心地なのではないか。陽光は彼の髪をきらきらと装飾するが、美しい白銀の髪は何だか冷たそうだとも思った。
それはきっと彼が雪兎だからだ。ならば耳は?僕はあの時、きちんと耳も葉っぱで作った。目は言うまでもなく、南天の実だ。赤く、丸く可愛らしい。耳は、ぎざぎざの葉っぱにした。存在を誇張する、つやと光る緑の耳。では彼は。彼の耳を覆うのは補聴器。しかも旧型。古臭いそれは、きっと聞える音も悪いし何より言葉は悪いが、不恰好だった。だが、自然とそれが馴染んでしまうのだから美形は得だな、と思った。
雪兎は凛とした様子で全校生徒を前に、台本もなしにすらすらと自分の考えを述べる。耳に心地良い声は、どこか消え入りそうな彼を、その意志の強い瞳と共に強くこの世に押し留める。光に透けて形をゆがませる雪兎とは違う彼。しかし、ふと目線を落した瞬間、一気に儚さが漂う彼は、春になれば溶けて目の前から消えていなくなってしまう、そんな不安定な存在なのではなかろうかと思ってしまう。
溶けてしまった雪兎を前に、僕は泣いてしまった。後から何匹も作ったけれど、作るたびに訪れる別れは悲しく、あっという間だ。冷凍庫に入れても、最後には溶けていなくなってしまう。彼もそうなのではないかと、赤い瞳が睫の影に隠れてしまう事に、自分は、彼がいなくなってしまうと、その事にこれ以上ない恐怖を感じた。
けれどそれも、彼と面と向かって話をしてみて、がらがらと無残にも崩れ去ってしまう。それは気のせいと呼ばれる類の恐怖だ。彼はこれ以上なく頑丈で、とても儚げに散ってしまうような存在ではなかった。雪兎はしょせん、過去の思い出でしかない。僕は彼を雪兎であるなどと思った事がおかしくって、悔しくって、大きくな声を出しては、よく彼を怒鳴りつけてしまう。もっともそれは、彼の行動も原因の一つだ。はっきりいって彼は性質が悪い。
入学早々の僕を生徒会室へ拉致るわ、生徒会長、否、「そるじゃあ(ソルジャーであると、後からリオに訂正された)」を何も知らない新入生に突然、何の前触れもなく譲るやら、ギャンブルを始めとする勝負事への執着心にはもう勘弁して下さいと言いたい。遊ぶ事が大好きで、暇さえあれば生徒会室でお茶をすすり宝くじを買いに行き、校内を散歩したり校内で賭け事をやりだしたり校内で育てた野菜で漬物をつけたり校内で怪しげな集会を始めたり。だらだらとご尤もなお声でご尤もな説教を垂らしちょっと事情が悪くなるとすぐに死ぬ、胸が苦しいもう僕は駄目だ後は任せたジョミーと倒れる振りまでする。いいや、実際に倒れる芸当までしてくれる。見事だった。彼の倒れる様は実に素晴らしい。思わず抱きとめて涙を流してしまいそうになる。彼はとても元気だ。とても存在感のある、とても安定した存在だった。
それでも、時々、やはり彼は雪兎だと思ってしまう。
ぱたりと音を立てるんじゃないかと思われる長い睫が、瞼が落ちると一緒に伏せられるその刹那。彼は普段のはちゃめちゃ振りを奥へひた隠して、泣きだしてしまいそうな程、不安定で儚い存在となる。
 一体、どちらなのだ。どっちが本当の彼なのだろうかと、僕は悩み始めてしまう。彼ではないけれど、どちらなのだ、フィシス!と言いたくなる。おそらく、彼女はカードを片手にお待ち下さいソルジャーと言ってくれるだろう。フィシス、遅いんだよそれでは。突っ込んだら最後、彼女の呪いを身に受けての高校生活はまっこと、怖しく苦しい。
 そういえば、転校生のキースは彼女からの呪いをどうしたのだろう。フィシスの事だ。いや、仮にも彼女は先輩だからフィシス先輩、と呼ぶべきなのだろうか。そうなると、彼はどうなる。先輩、それとも先代か。似合わない。とてもじゃないが、二人とも、そんな風には思えないし呼びたくない。やはりここは名前で呼ぶべきなのだろう。
 転校生であるキース・アニアンは転入してすぐに問題を起こしてくれた。彼は頭は良いはずなのに、なんであんなにアホなのだろうか。それをいうなら彼とてそうなのだろうけれども。






③へ




平行世界・表

「ブルーさんのやりたい放題・パラレルワールドでこんばんは。」








「ソルジャー・ブルー、あなたはまた!何度言ったら分かるんですか。ここで水遊びはなさらないよう、以前あれ程、申し上げたはずです。」
 はた、と意識がしっかりして見つけた顔は、よく見慣れた長き知己のもの。浅黒い肌が特徴的な彼は、そういえばジョミーと同じ金の髪をしていたとぼんやり思う。
「ああ、ハーレイ。あの時の君は、可愛かったね。」
 必死になってしまって。ちょっと足が攣って溺れかけただけじゃないか。それなのに、大事なんかにしてしまうから。シャングリラ中に、君の悲鳴が木霊して、フィシスにはあの後、随分と怒られてしまったんだぞ。知っているか。彼女は怒るととても恐いんだ。
 沈めていた足をゆっくり引き上げ、指先で水面を蹴り上げる。
「ブルー!」
 けれども、ジョミーの髪の色はもっと美しくて若々しい。
 落ちついた風合いを持つ友の髪も嫌いではないけれど、自分はジョミーの髪を好む。
「ブルー?」
「ウィリアム、腰が抜けてしまったんだ。抱き上げてくれ。」
「年甲斐もなく、水遊び等なさるから・・・・。」
「何、ちょっとした息抜きだよ。」
 腕をあげ、ほらほら、と相手を招いてにっこり笑う。
「・・・今回だけですよ、」
「次もよろしく頼む。」
 肩と膝裏に腕を回し、掛け声一つ出さずに頼もしい友は、自分をいとも簡単に抱き上げた。さらりと水から引き抜かれるその時、僅かな痛みと水の離れる寂しさに、そっと吐息をはく。足先からは名残とばかりに、雫が滴り落ちる。ハーレイの足元に散らばる黒いシミが、青の間の床を点々と濡らしていた。
「・・・直に、乾いて消えてしまうさ。」
 永遠に広がるとも思えてしまう、青の間の水面をじ、と見つめ、ブルーが小さく呟いた。あまりに胸が締め付けられるようなその声音に、ハーレイは自分達の長であり、良き友である、時には弟とも兄とも息子とも思えてしまう少年の姿をした彼の、真っ青に浮かびあがる銀の髪を見下ろした。
「ハーレイ、信じているよ。」
「どうなさいました。」
「直、獅子の目覚めが訪れる。」
「獅子?」
「金の髪をなびかせて、強く、気高い心を持った清き獅子。彼は美しいよ。」
「あなたがご執心のジョミー、ですか。」
「そうだ。彼は素晴らしい戦士になる。」
「あなた以上だとおっしゃいますか。」
「ああ、そうだ。僕以上だ。」
「私はあなたを信頼するまでだ。」
「僕と、彼の推薦だからね。間違いはない。」
「彼とは?」
「違う世界のジョミーだ。ウィリアム、君にだけ特別に教えてあげるよ。今後、もし僕が彼に会いにいけなくなった時、君が僕の名代として彼への言伝を。」
「ソルジャー・ブルー。私はいつだってあなたを信頼してきた。しかし、あなたに騙され遊ばれるのは一人の友として、断固として拒否する。」
「違うよ。相変わらず君は真面目だな。」
「ブルー。」
「秘密の抜け道は、そこだ。行き方は簡単。身を投じればすぐだ。彼が引き上げてくれる」
「そうでしょうね。すぐに儚げな存在となって、皆に発見されるでしょうね。リオたち、若者らが一丸となって引き上げてくれる事でしょう。」
「冗談ではない。ただし、年に一度。」
「一度すら逝きたくありませんよ。」
「ハーレイ。人の話は聴くものだ。」
「ブルー、あなた、一度だってちゃんと私の話を聴いてくれた事がありますか。思念体ならまだしも実体でジョミーの様子を見に行くのは自殺行為です。即刻、おやめ下さい。私の寿命を縮まらせたいんですか。」
「まったく。冗談が通じない奴はつまらないな。」
「ブルー!!!」
 嘘か真か、何れの人が、知る事ぞ。
 にまりと紅玉の眼を笑ませ、思うはただ愛しい君の事。
 今度は左目も舐め取ってしまおう。
「さぞや、美味いに違いない。」
 さて、水面に映る顔は、一体誰の顔であろうか。
 
 
 
 


そして、おしまい。
 


 


平行世界・裏


「ブルーさんのやりたい放題・パラレルワールドでこんばんは。」



 
 にまりと笑う、水面の顔。僕はそれをバケモノと思う。
 ほくそえむそれの顔は、造作が素晴らしいだけに、ぞっとさせるものがある。
 赤い瞳がきゅる、と視点を定め、食い破らんかとも思う気迫でこちらと目が合えば、うっそりと笑む。
 凄絶の美を前に、僕は生唾を飲み込むしか出来ない。
「それがお前の本性か、バケモノめ」
 僕がそう呼べば、それは待っていたとばかりに苛烈な瞳をふ、と和らげてくるのだから堪らない。
ほだされるな。
 厳しく、言い聞かせては見るけれど、僕は元々、これの顔が好きなのだ。忌々しいと奥歯を噛み締める程、僕はこいつが好きなのだ。
 今日も僕は、ああ、憎らしいと呟きながら、水面へ映るそれへ腕を差し伸べる。
「遅いよ、ジョミー。」
 獲物を仕留めた獣の瞳は、充足感に満たされて、うっとり蕩け落ちてしまうかというくらい、瑞々しい。
「ああ、そうです。いとしいアナタ。」
「どうしたんだい、今夜はえらく素直じゃないか。」
 鈴が転がるような、軽やかな笑い声をその整った口の奥から零すそれは、先程、洗い流したばかりの刹那の無垢だったその瞳に、鬱蒼とした色を潜らせた眼差しで、己を掬い上げる僕を下からねめつける。
「従順な君は、悪くないがつまらないね。」
 僕は腕に力を込めて、月の光で淡く光る水面の底からそれを引き上げた。
「この性悪、」
 ざざば、びしゃり。
 ぴちゃん、
 水の滴る音は、そのままバケモノである彼を、ブルー、と言う名の僕の思い人へとすげ替える。
 ふるふると首を左右に動かし、文字通り水鏡から現れた月夜の人は、にっこり僕に微笑む。すると彼は幼子のように尻餅をついた僕の膝に身を預け、濡れて黒くなっていく僕の、ズボンの膝小僧を撫でた。
「伊達に年を重ねてはいないよ。」
 年寄りは皆、狡猾だ。
 そう笑う彼は、どこまでも若く美しい。
「青臭いガキは、振り回されてばかりですよ。」
「迷惑をかけて、本当にすまないと思っている。」
 彼の吐く殊勝な台詞が、聞き慣れた僕の耳には空々しく木霊する。
儚げに目を伏せる彼に、僕は濡れそぼった彼の髪を背中ごと抱きこんだ。密着する背と胸の奥から、心臓の音が響く。彼の胎動を耳に閉じ込め、僕はようやくそこで、彼の名を呼ぶ。
瞬時、ふわりと花がほころぶような雰囲気が、彼から匂い立った。
「今夜のジョミーは、じれったいな。」
 くぐもった声が落とされ、折り重なるように抱き合う僕らは、冥々と夜の世界に溶け始めた。蒼然と月光は、ただ僕らに落ちてくる。
「アナタはちょっと、辛抱する事を覚えたらどうですか」
「僕は待つ事には厭いてしまったんだ。」
 今更、僕を苦しめるのは止してくれ。
「それに超然としていない僕、というのは案外、皆に人気でね。」
 この間なんか、真っ赤な顔をした長年の友に、愛の言葉をもらってしまった。
「彼が?」
「ふふ、」
「どこまで本気なんですか、アナタって。」
「僕はいつだって全力でここまで生きてきたよ。」
「疲れませんか。」
「ジョミーを見つけた。」
「ジョミー、ですか。」
「そう、僕の愛しい子。」
 むくりと起き上がった彼が、愛しい愛しいと呟き、僕の頬を撫ぜる。僕の髪を撫ぜる。僕の膝にまたがり、彼はそろりと僕を抱き締めた。彼は尚も、僕に触れ、そこかしこを撫ぜた。
可愛い可愛い。微笑み、アナタは何度も言う。愛しい愛しい、可愛い可愛い。
ブルーの手は冷たい。
ブルーの声はどこまでも澄んでいる。
良い声だと何度聞いてもそう思った。
「さすがに目玉まで舐めるの、止めて下さい、ブルー」
「どうして?」
「気持ち悪いです。いつだって右目だけ。」
「両方を舐めてしまったら、僕が見えなくなるじゃないか。」
「そう思うなら、やめて下さい。」
「嫌だな。」
「我儘だな、」
「善処してるんだよ。片方だけしかまだ舐めてない。」
「そういう問題じゃあ、ないんです。いっそ、僕も舐めましょうか。」
「止めておいた方がいい。気持ち良くはないし、美味しいとも思えない。」
「なら、遠慮して下さい」
「仕方ないな。そこまで言うなら考慮するよ。」
「そうなさって下さい。」
「月が、」
 ブルーの声に、頭上を見上げ、ああ。と、僕は呟く。彼は名残惜しそうな顔をしている癖に、どこか嬉しげだ。僕は最後だと、彼の華奢な体を抱き返す。
 ああ、なんて細い。情けない体。
 するりと頬を撫ぜる手は冷たく、水の匂いが強く香った。
 僕は頼りがいのない体を抱き上げて、水面と地面との境界線、ぎりぎりの縁に佇む。
「あと何度、僕はアナタと逢えるのでしょうか。」
「きっと、月が三度、空に浮かぶくらいだろう。」
「もう、そんなですか。」
「もうすぐ、ジョミーが目覚める。」
「ああ、アナタのジョミーは、もうそんな年になりましたか。」
「直、十四になる。」
「早いですね。」
「子供の成長はいつだって、そうさ。」
 瞬時、頭の中が強引に揺さぶられ、目が回る。
「アナタの最後は、どうか凄惨でありますよう。アナタに静謐は似合わない。」
「そんな事を言ってくれるのは、君だけだよ。」
「そうでしょうね。ミュウは皆、心優しく弱い。」
「痛いところをつく。」
「だから、僕はアナタ方が愛しい。アナタのジョミーによろしく。さようなら。ブルー」
 ジョミー、またね。
「僕はこうして、何度、アナタを落とした事か」
 耳に聞えたのは、人が一人、水鏡にぶつかる音。そして後は、何も残らない。いつだって、そうだ。
 水面に吸い込まれるその瞬間、生まれたての幼子のような無表情さを、その美しいかんばせにのせ、アナタは往く。一刹那、見ているこちらが腕を放した事を後悔させる、優しい笑みを浮かべ、アナタは目を閉じる。もし、アナタが妖しげに目元を弛めたのなら、僕はすぐにでもアナタを追いかけ、その紅い右目を奪い取ってやるのに。
 アナタは水面の底へと掻き消えてしまうのに、僕の右の目玉はアナタの舌の感触を忘れやしない。
「憎らしい事だ。人喰いめ。」
 バケモノ目掛けて吐き捨てた言葉は、水面に映る己の顔へと落ち、消えてしまった。
 静かになった月の下、僕は家へ帰る。
 バケモノに侵されず無事生きながらえたもう片方の目玉で、僕の愛しい人を見つめる為に、僕は往く。
「あの人はちゃんと、眠ったろうか。」
 病弱の癖に、彼はすぐ起き上がろうとする。何度、ベッドへ押し込んでも彼は身を起こし、地球の周りをついて離れない、月の姿を眺めようと躍起になるのだ。無茶をする癖は何度眠っても直らない。
「まるで子供だ。」
 僕の大好きな顔は、水のように清らかで、優しい微笑みがよく似合う。冷たさの欠片も無い温かい笑顔は、僕の心をいつも満たし支えてくれる。陽だまりの持つ穏やかさを、体現したら、アナタの笑顔が出来上がるだろう。
「もし僕が余所の男と逢ってる何て知ったら、やきもきしてくれるんでしょうか。」
 艶やかな笑顔で出て行けなんて言われてみたい。清純な笑顔も素敵だが、たまには毒のあるものも欲しくなる。僕の悪い癖だ。
「いや、待て。ブルーの事だ。嬉しがって僕のものに手を出しそうな・・・。」
 













「ブルーさんのやりたい放題・パラレルワールドでこんばんは。」

平行世界・表へ


懲りずに学園パロもどき。年上ジョミ(無職ではないが何かあやしい職業)と年下ブル(普通の高校生をやってもらいたかった。ブルーは本当、自分の幸せを見つけて生きてほしい。いや、テラへは彼自身の思いだから、それはそれで幸せなのか・・・。テラへのブルーの思いは何かもう、言葉に出来ないや)








第2話「検査」


 つつがなく、多少の騒ぎもあったけれど、式は終わりへ向けて始まった。新入生達が並ぶ列に、まんまと入り込んだブルーは、進んでいく時の中で、歪みひとつない襟の赤い蝶にほっと一息、自分の機嫌が良い事を今更ながらに悟った。
 中庭での身投げ事件は、目撃者が少数であった事と、当の本人がまるきり他人事のような顔で講堂内へ入ってしまった事により、何やら中庭で事件があったらしい、と囁かれる噂程度で収まっている。その事にも気分を良くしたブルーは、なぜならこの調子だとおそらく、ジョミーの耳には入らないだろうからだ。何があったんだろうね、と隣に座る少年に話しかけた。突然、話を振られた彼はびっくりしてこちらを見たが、ブルーと目が合うと優しげな雰囲気をその両眼に湛え、穏やかに微笑んだ。それから小声で自己紹介をし、君はと尋ねても、彼は口で答える代わりに、ブルーの手をとり、指で文字を書く。くすぐったいと笑うと、彼はもう一度同じように指を動かし、にっこり笑った。ああ、とそこで得心する。
「僕は、ブルー。」
 再度、ブルーは彼の手をとり、名前を言った。
 目を見開いた後、リオと名乗った少年は嬉しそうにブルー、と指で名を呼ぶ。
「そうだよ、リオ。これからよろしく。」
 初めてにして、とても素晴らしい友人を得たと、ブルーはゆるりと微笑んだ。
 ふと、そこでジョミーの事が気にかかる。
 本当に彼は、式に来てくれているのだろうか。一人、姿の若いジョミーが保護者席に座るなんて、目立って仕方ないだろうに。
 身内びいきを差し引いたとしても、ジョミーを見て大抵の人間が振り返るといっても言い過ぎではない。そんな容姿の持ち主である彼の、何より真っ直ぐ前を見つめる瞳は、特に魅力的だと思う。
意志の強さがそのまま形となった緑の目は、一度見たら忘れられない。
彼は、自分にとってちょっとした自慢だった。
 彼はその職業柄、町の人たちがほとんと彼の事を知っているし、頼りにもしている。そんな彼が自分の身内なのだと胸を張って言える幸せは、これといったらない。トォニィではないけれど、ジョミーが一番、と密かに思っているのは誰にも内緒だ。
まあ、トォニィの場合は、口を開けばジョミー、ジョミー。僕のグラン・パ、なのだから、聞いてるこちらとしては、溜まったものではないのだが。
 何度、ジョミーは祖父ではないと言い聞かせても聞かない弟を、そういえば彼も今日は新学期だったかと思う。兄も今日から新学年だったなと思い返せば、今夜はご馳走かもしれない、と腹がきゅ、と鳴った。ついでに言えば、ジョミーは料理も上手だ。元々が器用なのだろう、きっと。それに経験が積み重ねられるのだから、素晴らしい結果になるのは当たり前かもしれない。
 
 
 

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