地球へ・・・二次創作パラレル小説部屋。
青爺と鬼軍曹の二人がうふふあははな幸せを感じて欲しいだけです。
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騒がしいな、と思ったのは学園に着いてすぐの事だ。じっくり雰囲気を感じ取る前に、ざわめきを拾った出来の良い耳は、すぐさま、ジョミーに中庭へ行けと指令を出すよう脳へと進言する。一刹那、伝令を受け取ったジョミーは、勝手知ったる校内をそれでも早足で抜け、人波をさらりさらりとかわして時計塔を視界に入れる。
講堂のすぐ横、全校生徒に毎時間、時を知らせてくれる時計塔は最上階に大きな釣鐘を持つ。あれを鳴らせるのは何十年とこの学園で働いている、ゼルという用務員だけだ。年老いた体で、まだあの塔に上り、鐘を撞いているのか。老師(彼のあだ名だ)も諦めてさっさとカラクリにするなり電動にでもしたら良いものを。
ジョミーが中庭に到着する前から、鳴り響き始めた鐘の音は、頭の中を無理やり混ぜっ返す程、大きな音で辺りを震わせている。
尤も、そんな大音響の中で負けじと声を張り上げた女性も大概、すごいけれど。
誰の保護者だ、ご立派な。
冷めた感想を吐き捨て、ジョミーが中庭で目にしたものは、空から堕ちて来た天使、ではなく、見知ったその彼。
「入学早々、派手な真似を・・・。」
呆れ果てて、逆に笑ってしまう。しかもその天使は、大変美しく地面に着地するや否や、颯爽と講堂へ駆け出したのだ。本当に、羽根でも生えているのかしらん、と思わせる軽やかな足取りは、まったくもって素晴らしい。おそらく、彼の耳には周囲のざわめきなど入ってやいない事だろう。かろうじてその視界は、驚いている人々を映している程度、だろうか。
「僕は叱るべきなのか、良くやったと褒めるべきなのか。」
当然、危ないから二度とやらないよう、注意すべきだろう。
「言っても聞かないからなあ。あの子は。」
何度か、家で彼が天使になった場面を目撃した事がある。確か始めは、彼がまだ十歳になるかどうか、といった頃だったろうか。ちょっと目を放した隙に、三階の窓から庭へとするりと彼は飛んで行ってしまった。驚いて窓から下を覗き込めば、笑顔で手を振ってくる始末だ。心臓が止まるかと思ったものだ。そう言って叱れば、彼の方が真っ青な顔をして、すまない、死なないでジョミーと泣きそうになったものだけれど。泣きたいのはこっちだと先に泣いてしまったのは、誰にも見せたくない人生の汚点、封印したい過去だ。
「ま、怪我をしないようならそれで良いか。」
ジョミー自身も、子供の頃は何かと母親を心配させる馬鹿をした。ブルーの事は言えない。
「怪我しないから、厄介なんだけど・・・。」
一度でもかすり傷で良い。何か起こったならば、今度こそ自分はきっぱり、ブルーに危険な事はしないようきつく言い含める事が出来る。が、それはないだろうと天を仰ぎ見る。
「良い空だ。風も良い。」
これなら、飛びたくなるはずだ。
「甘いなあ、僕は。分かってる事だけど・・・・。」
喧騒は収まりつつあるのに、まだ騒いでいる女性を静めてやるのが、保護者代理としての勤めの一つだろう。
「奥さん、あなたは運が良い。彼は曲芸師の卵でね。知りませんか?ほら、公園に来てる、ミュウの一員ですよ。」
我ながら嘘臭い。けれど気が動転している女性は、それを信じてくれたようだ。途端、目を輝かせて、あのミュウの?!と尋ねてくる。ふむ。どうやらミュウはこの町では人気者らしい。
ミュウとは最近、地方興行を増やしてきた本国の手っ取り早く言えばサーカス団だ。人間業とは思えぬ華麗な演技は、一種の恐怖すら与える最高のエンターテイメントの一つとして、国民、特に団員達が皆、美形と言う点から女性に大人気だ。ブルーもあの顔だ。それっぽいと言えば、それっぽい。
「ミュウなんかに、売り飛ばしやしないけど。」
別の意味で盛り上がってきた中庭の連中の子供が、これからブルーの同級生となるのか。
ジョミーは複雑な思いを昇華出来ないまま、ブルーが消えていった講堂の正面玄関へと、踵を返した。
鐘の音は空の彼方へ響き渡り、入学式の始まりを告げる。
第1話「入学式」完
第2話「検査」へ
第1話「入学式」完
第2話「検査」へ
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そわそわと、自分にしては落ち着かない気持ちだったのは事実だ。しかし、ここまで気もそぞろだったとは思わなかった。
「参ったな・・・。」
ブルーは自他共に認める方向音痴だ。いつも兄には呆れられ、弟には馬鹿にされている。今日も、ついさっきまで共に列を成し歩いていた新しいクラスメイトの背中からちょっと窓から見えた桜の木に目を奪われていたら、これだ。
「ここはどこだろう。」
見失った列を追いかけて、あちらこちらへとさ迷い歩いたのがいけなかったらしい。完全に、自分が校舎のどの辺りにいるのか、入学式が行われる講堂はどの方向なのか失念してしまったブルーは、参ったと辺りを見渡すも、特別教室が居並ぶ棟なのか、生徒は誰一人、教師もおらず、ぽつん、と一人寂しく市松模様の廊下に取り残されてしまった。しかし、学校の廊下が市松模様だなんて、洒落ているなあ、と感心している辺り、生来の場の雰囲気を読まない気儘さが目立つ。
彼は見事に、入学したてで迷ってしまった哀れな新入生、という事実を脳内から消し去ってしまっていた。
「これは教室内も期待できそうだな。」
心くすぐる内装の学校であれば良いなと、彼の中で期待は膨らむばかりである。突っ立っているのも芸がないので、彼は手近な教室に入ってみる事にした。
方向音痴な人間程、無闇矢鱈と歩き回るのだからやめろ、とジョミーに注意されたのを、さっぱり忘れているブルーは、意気揚々と林檎の木に絡まる蔦を描いたガラス戸をひく。ずっしりと重い扉は、少しも音を立てずにブルーを室内へと誘った。
分厚いカーテンがおろしてあるのか、教室内は薄暗い。すぐさま闇に慣れた目は、壁際一面が本棚である事を視認させ、高い天井まで届く本の壁は、少年を多いに圧倒した。
「すごいな、これは・・・、ジョミーなら喜んで居座りそうだ。」
そして授業には出なかったりするのだろうな。そんな彼を僕はいつも迎えに行って、言うんだ。
「何を?」
は、とありえない想像、もはや妄想に近い。に、自嘲して、ブルーは意識を眼前に戻す。
一歩一歩、中央の円形の机に向かって進むブルーは、本の中に吸い込まれそうになる気がした。迫り来る世界は、どこまでも続くかのような錯覚を抱かせる。机の向こう側にも書棚は立ち並び、膨大な知識が手を招いて待っている。
「窓・・・、」
電灯のスイッチの場所が分からず、カーテンの向こうの陽光を求め、窓へと近付く。思ったよりもかなり広い図書室は、中央に設えられた机の他にも、一人用や四人掛けの机がいくつもある。入り組んだ書棚の配置は、まるで迷路のようだ。ここをこれからの根城の一つにしようと、彼は決めた。
ようやく辿り着いた窓の、やはり分厚かった遮光カーテンをそっと、覗ける幅だけ開き、差し込んできた太陽の強さにしばらく、目を細める。慣れてきた目を下に向けると、中庭を隔てた奥に、目指す講堂があった。目を凝らせば、生徒達が一列に並び、正面の扉から中に入っていくのが見える。
「何だ、お向かいか。」
あそこならば自分ひとりでだって、行ける。
目的地が分かった事で、一安心した彼は、せっかく見つけた宝箱のようなこの場所。誰にも邪魔されない今、面白い本はないだろうかと好奇心が頭をもたげてくる。とりあえず、片手でカーテンを隙間程度に開けたまま、側の棚の中身を検分する。
「・・・アルバム・か・?・・。」
ずら、と並ぶかたそうな背表紙は、赤いベルベッドの布張りだ。年代別なのか種類別か。紺色や緑、黒の物もある。卒業アルバム、学園の歴史、などなど。タイトルは様々だが、すべて学園関係の記録らしい。
すぐ頭に浮かんだ年号の赤い本を手に取ろうとした所で、何か外の気配が変わった気がした。何だろうと見れば、講堂へ続く生徒の列がすっかり解消されている。ちらほらと、保護者らしき人々の姿も見えた。よくよく耳を澄ませると、ぼわんぼわんと響く鈍い音もする。講堂の真横にある高い塔の天辺には、大きな釣鐘がある事に気付く。目は良いので、じっと様子を見ていれば、鐘は前後に動き、音を出している。
「いけない、式が始まる。」
言葉の割にはあまり慌てた様子もなく、彼は伸ばした腕を引っ込め、ふと、窓から外をじっと見る。小さいながらも露台が張り出してあり、ブルーは窓の鍵を開けて(出口は違う場所にあるのだろうけど)、窓から露台へと移動する。手すりにはプランターがかかっており、チューリップの花がいくつもすらりと咲き誇っている。
ここの露台も素晴らしい。この学校は、一体誰が設計したのだろうか。
手すりから身を乗り出せば、頬をくすぐる風が気持ちよい。風に乗って、鐘の音も、随分ましに聞えたが、距離の割には遠い所で鳴っている様な気がする。
中庭を見下ろす。さして距離のない事を確認し、青々とした芝はとても柔らかそうだと観察した。講堂へ向かう人は、よもや新入生が図書室の露台から覗き見しているとは誰も思うまい。
「時間も差し迫ってきた事だし。」
自他共に、方向音痴であると認めるブルーである。目の前にある建物へ行くのに、もはや迷う事は時間的にも自分としても許されない。というか、図書室を出て無事に中庭へ降りられるかどうかも微妙な感じだ。これ以上の時間の浪費は無駄と思えた。
「ジョミーが見てませんように。」
見つかったらお説教が待っているに決まっている。
プランターに足をひっかけて落してしまわないよう気をつけながら、手すりを飛び越え、空中へと身を躍らせる。瞬間、誰かがこちらを指差し、大きな口を開けたが、何と言ったのかは聞えなかった。ただ、気持ち良い。風を受け、体が落下していく。
身に馴染んだ感触に、今日は良い風だとだけ思って、何事もなかったかのように澄ました顔で、中庭へと降り立った。着地は成功、思ったとおり、芝は柔らかく足へと掛かる衝撃を弱めてくれる。
「ここに入って良かった。」
騒ぎが大きくならないうちにと、ブルーは講堂目指して駆け出した。
それにしても、今日は良く走る日だ。
⑤へ
「さて、どこへ仕舞ったかなあ。」
ブルーを送り出してから自室に戻り、カメラを探し始めたのは良いが、なかなか見当たらない。彼曰く、ちょっと眉を顰めてガラクタばかりの部屋、である自室兼何でも屋の事務所はカメラを探す為に散らかしたガラクタで、床がいっぱいだ。足元に気をつけながらの捜索は思ったようには進まず、いっそ作るかと、屈みながらあれやこれやと探していた為に押し縮まった体を、天窓に向かって思い切り伸ばす。
「それにしても、似合ってたなあ、ブルー。」
つい手に入れたばかりの本に夢中になり、夜を過ごしてしまった頭を休ませようと寝床に潜り込んだ所で、己の素晴らしい聴力は階下の物音を察知した。飛び起きて、慌てて側にあったシャツを羽織り、階段を下りたら案の定、そこには黙って出かけるつもりだったのだろう、しまった、と言わんばかりのブルー少年。彼を見送る事は、この家に世話になるにつけて、自分が自分に決めた約束事の一つだ。サボるわけにはいかない。何より、彼の制服姿を一番に見てみたかった、というつまらない理由もある。
どこかの写真集から出てきたような、整った造作をしたブルー。否、彼以上の所謂、美少年など早々、いない。いてたまるもんか。そんな彼にあの制服はぴったりだ。
「赤いタイ、というのがまた何とも愛らしい。」
黒のブレザーに同色のスラックス。白いシャツに赤いタイ。冬はあれにコートがつく。そういえば、制服は学生服もあったか。と、二種類ある事を思い出し、どちらも似合うはずだと頭の中でブルーを着せ替えて、ふふと笑う。
「まずはブレザー姿を写真に収めねば。」
何より、写真を撮り忘れたなんて知れたら、フィシスが何をしてくるか。
「呪いくらいではすまないだろうな。何せフィシス様はブルーマニア。むしろ至上主義。」
ぶつぶつと独り言をお供に、ないなら作るまで、と道具箱を取り出して、適当に床を座れるように物をどけ、胡坐をかく。
「しかし、因果な物だよ。フィシス。君のターフルはどこまで、分かっていたのかな。」
ぽつりと苦笑と独白を落した後、ジョミーは時計を見て急げと、作業に取り掛かった。④へ
「ブルー?」
黙り込んでしまった自分に、彼は呼びかける。自分は決して、彼の呼びかけに無視は出来ない。してはいけない人間なのだから。それでも、頷くのがやっとだった。
「どこか痛いの?時間は余りありませんが、診ましょうか、ブルー。モグリですけど。」
片目をつむって、茶化し気味に言う彼の腕は、無免許であるのが勿体無いくらいに素晴らしい事であるのを知っている。さすが何でも屋。もぐりだけれど。
首を振って否を表し、早くしないとこのままではここから動けなくなってしまうと思ったので、困ったように顔を傾げた。
「何だか、気恥ずかしくて。」
ほら、と腕を伸ばして見せる。彼はにっこり笑って言った。
「とても似合っていますよ。素敵だ。」
「そうかな。」
「カメラ、忘れずに持っていかないと。フィシスに写真を頼まれてるんだ。」
「フィシスに?」
「そうなんです、ブルー。彼女、自分も行くと言って聞かなかったんですよ。」
我らがクイーンは、やんちゃで困りますね。
苦笑を零す彼に、そうだね、と返し、脳裏にはやんちゃと評された従姉の姿を思い描く。儚げに微笑む傍ら、うずうずとしている様が容易に想像できて、思わず笑ってしまう。
「そうそう、笑ってて下さい。ブルーはいつも笑顔でいて欲しい。」
ほら、またそんな恥ずかしい台詞をしゃあしゃあと言う。
「・・・いってきます。」
さっさと行かないと、恥ずかしくてどうにかなりそうだ。
「気をつけて、ブルー」
「いってきます、ジョミー。」
手を振る彼を後ろに、勢い良く階段を駆け下りる。軽やかな足音に混じり、ぎしりと唸りを上げる老婦人の声がする。そのまま上へと続く声は、彼が自室へ引っ込んだ事を教えてくれた。
おそらく、彼は一眠りをせずあのガラクタといったら彼は嫌な顔をするが、おかしな物でいっぱいの部屋からカメラを探す事に集中するだろう。何せ女王陛下からのお達しだ。もし見つからなかったら彼の事だ。ちょちょいと作ってしまうかもしれない。彼はとても器用なのだ。しかし、写真写りは悪くはない方だけれど、高校生にもなってばしゃばしゃ写真を撮られるのはちょっと、体面が悪いなと思った。
騒がしく玄関を飛び出し、二段飛びで階段を降りる。そのまま門を蹴破る勢いで押し開けて、坂道を駆け下りた。息が上がるのも気にせず、一気に学校向かってひた走る。途中、公園のある大通りへ繋がる十字路に差し掛かったところで、ようやく走るのをやめた。春先だと言うのに、額から汗が滴り落ちる。上がる息に、膝に手をやり前かがみになると、赤いタイが視界に映る。
奇麗な羽根を二つ、広げたちょうちょが呼吸に合わせて羽ばたいている。そこでやっと自分は、そっと手で蝶の羽根を撫ぜ、今日初めて心から笑った。ジョミーが結んでくれた赤いタイが、制服に馴染むようになるまで、何日掛かるだろうか。明日は結び直してもらわなくても良いように、もっと上手くやろう。
鏡の前に立った時、確かにあった違和感は、整った形の赤いタイを見てからはどこかへ奇麗さっぱり、消えていた。
落ちつきを取り戻した胸の奥、手馴れた動きでタイを結んだジョミーの手を反芻する。言えば、コツを教えてくれるだろうか。喜んで教えてくれると、そう思った。
朝が始まる。
③へ
③へ
年上ジョミと年下ブルが書きたかったんです・・・・。
第1話「入学式」
②へ
第1話「入学式」
鏡の前で何度見ても思う違和感に、苦笑いが自然、浮かんでしまう。似合わないとは思わないけれども、しっくりこない感じは回数を重ねればぬぐわれるのだろうけれど、なぜか今日だけでも、彼には新米高校生姿を見られたくないなあと、ぼんやり思った。何だか申し訳ない。ああ、この気持悪さ。そうだ、きっとこのリボンタイというのがいけないのだ。不恰好なちょうちょは、こんな羽根では飛べないだろう。
シャツの首元を彩るタイは、学年によって色が決まっている。ちなみに一年生は赤だ。二年が青で、三年生は黒だと聞いた。赤い色は自分の目の色と相まってか、白シャツに黒のブレザーと合わせると嫌なくらいに目立つ。極め付けが銀色の髪だ。白髪とよく間違われるが、自分の頭は列記とした銀色の髪、それも白銀なのだ。この年でさすがに爺扱いは困る。
「どうも、これは・・・。」
似合わないと溜息をつき、いつまでも一人、鏡の前でうんうん唸っている暇も無いので、腹を決めて鞄を手に、自室を出る。どうか鉢合わせしませんように、と祈りながら後ろ手に擦りガラスの戸を閉めた。長年、代々住んで来た家の廊下は年季の入った面構えで、ステンドガラスを配した東の壁からとうとうと、清清しい朝の光を迎え入れている。
外も中も、古い家だけれど、自分はこの家が好きだ。生まれた頃から住んでいる為、愛着も勿論あるのだが、そういう事は視野に入れず考えても、自分はこの家がとても気に入っていて、好きだ。自分の家が好きだなんて、僕は幸せ者だなあ、呑気に考えていたら、三階から降りてくる足音に、びくりと背に電流が走った。
半地下一階、三階建てのこの家は、昔ながらの質屋を営んでいる。そんな質屋には、居候が一人。屋根裏部屋のような三階を陣取る彼は、現在の質屋の店番を担いつつこの辺りでは何でも屋としても有名だ。彼が店主代わりとして、単なる店番に収まらず切り盛りまでしてくれている質屋は、今では質屋は副業にも近いけれど、代々続く家業である事に間違いない。司法試験に兄が落ちたなら、彼は質屋を継ぐと言っているが、多分それはないだろう。優秀な彼のことだから、そつなく彼は司法試験に合格する。
と、すると何だろう。次男である自分が次代の主となるのか。どうだろう。自分としては、質屋よりももう一つの家業の方が合っている様な気がする。質屋は下の弟が面白がってやってくれそうだ。どちらにしろ、いずれは兄弟の誰かが継ぐなり、廃業にするかを決断せねばならない。彼とて、いつまでもここには居てくれない。
「ブルー、おはよう。今朝は早いですね。」
凛とした声に、はた、と自我が戻る。
「・・・・おはよう。・・・。」
柔らかく差し込む光そのものの、春の陽だまりを思わせるキラッキラッの笑顔で階上から登場した彼は、今日から新しい生活を送る君にぴったりの爽やかな朝だね、と歯の浮くよう台詞を物ともせずに言ってのける。彼は時々、こういう物言いをするからちょっと困る。
光に照らされ伸びた影が廊下に縫い取られてしまったのか、にじりとも動けない自分に向かって、彼はゆったりとした足取りで近付く。そういえば歩くたびにぎしぎしと音を立てるこの廊下を、杉の老婦人と呼び毎日拭き掃除をしている彼は、何にでも名前をつけて愛しむ事を好む趣味の持ち主だったなあ、とどうでも良い事を思った。
「ブルー。せっかくのタイが歪んでいるよ。」
はっと気がついた時には、彼はさっさと歪んでいるタイを解き、結びなおしている。さすがに頭二つ分も背の高さが違っては、見上げないと彼の目線とは合わない。ぼう、と、目の前にある同じく白いシャツに、しかし彼のは制服ではなく普通のシャツだ。目をやれば、ボタンが段違いに留められている事に気がついた。そっと上目遣いに彼を伺えば、磨ぐ時間もなかったのか、横や後ろ髪はあちこちへ好き勝手に寝癖がついている。更にもっと良く見れば、どことなく眠たげだ。また徹夜したのか。気息を一つ、何も言わずにボタンに手を伸ばし、一瞬、手を止めた彼を無視して、正しく留め直した。
「入学式は十時からでしたよね、ブルー。」
えらく、タイを直すのに時間が掛かっている。機敏な動きをしていたのに、ぴたりと出来上がりを見ているのか、彼の手がタイの端から離れない。
「そうだよ、」
尤も、ボタンを留め直すのに自分もいったい、何秒かければ気が済むのか。
「ブルーが恥ずかしくないように、ちゃんとスーツを着て、見に行きますからね。」
とっくにボタンの位置は直ったのに、どうしても指を下ろせなかった。
「ほら、出来上がり。良く似合ってます。」
その一言に、ばっと彼のボタンから指を離す。ついでに二歩、足を後ろへ引いた。彼の指から赤い糸が放たれる。
遠のいた距離は、見上げなくとも彼の目線と視線が絡む。緑の眼差しは、穏やかに微笑んでいた。幼い頃から、慣れ親しんだ目の色だ。ああ、そうだ。今、自分の身を包んでいる制服。きっと、彼はぴったり似合ったんだろう。彼にとっては遠い昔の事だろうけれども、いつかこれを着て通っていた学び舎へ、今日からは自分が毎日行くのだ。
「楽しい学園生活になると良いですね。」
居候であり今は保護者代わりとなってしまった彼は、どんな気持ちで自分を見送る為に、ろくに身支度も整えないで(足音に慌てて寝始めた脳をたたき起こしたのだろう、杉の老婦人はそれはそれは大きな家鳴りを響かせる)、自分を見つめているのだろうか。②へ
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